つくば市議会議員 金子かずお
週刊・新社会つくば 金子さん町を歩く 議会報告

週刊・新社会つくば
2019年8月27日 第1,134号 発行:新社会党つくば支部

原発「県民投票」の取組み


 茨城県の東海第二原発は、日本最初の大型原子力発電所として1978年に営業運転を開始しました。

 東日本大震災以降は稼働を停止していますが、2018年原子力規制委員会が20年の運転延期を認可しました。原発の存廃、社会的にも、経済的にも、県民の生活に大きな影響を及ぼします。

 再稼働には原発周辺6市村と茨城県の同意が必要ですが、その判断には、広く県民の意思を確認することが必要だと思われます。そこで重要なことは県民同士が話し合い、一人ひとりがそれぞれの選択を表すことが必要であります。沖縄県でも、つくば市でも民主主義を大切にする一つの手段として投票の実施をした経緯があります。そのように民意を反映させる手段を実現させるために「いばらき原発県民投票の会」が発足し、取り組み中でもあります。

金子議員も取り組み中です

 福島第一原発のメルトダウンにより多量の放射性物質が放出され、多くの住民が、長年住み慣れた故郷を捨てて、いまだに苦難な避難生活を余儀なくされています。原発に絶対安全はありません。
もし、東海第二原発が再稼働し、放射性物質が漏れる事故が発生したら、60キロ圏のつくば市も、甚大な被害が予測されます。東海第二原発の再稼働の判断を県(県知事や県議会議員)、周辺6市村に任せるのみではなく、私たち茨城県民の一人ひとりの意見で決めるようにするための手続きであります「いばらき原発県民投票」条例(案)を県議会に提出して条例を成立させなくてはなりません。そのために必要な署名集めの協力者(受任者)を募っています。

 希望者は、金子かずお議員までお知らせください。


2019 まつりつくばが開かる


 つくば市の風物詩ともなっている「まつりつくば」が今年も24日、25日の両日に開催された。

 初日は開始早々に大雨に見舞われましたが、夕暮れと共に天候も回復し、ねぶたや竿燈が夜空に輝き、楽しいひと時を過ごしました。

 当日の午前11時30分からオープニングセレモニーがつくば駅周辺市街地の特設会場で開催された。主催者を代表して五十嵐立青市長が開会のあいさつを行い、つくば市議会議長がお祝いの挨拶を行った。その後、姉妹都市の荒川区長の西川太一郎区長から来賓の挨拶を受け、参加者が紹介された。

 中央公園の「ふれあい広場」では、福祉団体やボランティア団体を中心にバザーや飲食の販売、ポニーの体験乗馬などで賑わいが提供されていました。

 また、土浦学園線の東大通から西大通迄を通行止めにしてお神輿やお囃子、ねぶた、竿燈が勢ぞろいしてまつりパレードも行われた。


家庭内暴力、止める方法ありA


斎藤環・筑波大教授に聞く

怒り」ではなく「悲しみ」

 これ(暴力)は「怒り」というよりも「悲しみ」なんです。決して暴力を振るってすっきりするわけではなく、振るった自分を責めているんです。
それでも、やはり暴力を振るわずにはいられないつらさ、悲しみがある。暴力を振るってもつらいが、振るわなくてもつらい、という悪循環です。

 さらに暴れる理由には、親に「自分の苦しさを味わえ」「共感せよ」と言っている意味もあります。
受け入れがたい無理難題を言ってきたり、「聞かなかったら暴れるぞ」と言ったりして、実際に暴れる。親の服を全部水浸しにしたり、ハサミで切り刻んだり、部屋に何かをばらまいたり、といった嫌がらせもあります。
それは「自分のつらさを知れ」「なぜ自分はこんなにつらい思いをしているのに、お前らはのうのうと日常生活を送っていられるんだ」という主張でもある。

 明確に意識しているというよりは、そうせずにはいられない。半ば衝動的にやっている感じに近い。
根源にあるのは、怒りや攻撃性というよりは、悲しみであり、その悲しみを分かってほしいという思いだということは踏まえておいて頂きたいです。


暴力を受け入れてはいけない
--具体的には何から始めればいいでしょうか?

 まずは本人の言葉、訴え、恨みつらみをちゃんと聞いてほしい。しっかりと。聞くだけで一切反論しない。弁解しない。ひたすら聞く、という姿勢でやって頂きたい。これは、難しいです。親御さんも、責められれば、つい自己弁護してしまいます。でも、ちゃんと聞くと収まるんです。遮ったり、反論したりすると、ずっと終わらない。「毎恨みつらみをぶつけられて困る」という相談もありますが、それはちゃんと一回

全部、言葉を受けとめるという作業をやってないからです。

--「聞く」とは?

ただ、日本語の「聞く」には、「耳を傾ける」という意味と、「言いなりになる」という二つの意味があります。
すごく混同されやすい。私が言っているのは、あくまでも「耳は貸すけど、手は貸さない」ということ。つまり「要求はのまなくていい」ということです。「100万よこせ」などと慰謝料を求める人がいますが、「それは出来ません」とはっきり断ってください。
「出来ない理由は?」と聞かれたら、「それは、したくないから」と答えてください。

(つづく)




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